町田フラメンコスタジオ『Levante』~レバンテ~

□ ●ブログ Marca del viento ~風跡~ □

伯父

伯父の葬儀に参列し、無事にお見送りをはたしてきました。

車で片道5時間半、今もなお震災の爪痕が残っている宮城県石巻市は
私の父の生まれ故郷です。


父が亡くなった翌年、まだ一年も経たない時にあの未曾有の震災が起こった。

「定年したらお母さんと車で石巻をゆっくり旅したいんだ!」

と嬉しそうに話していた父。
津波は、父が家族によく話してくれた子供の頃の思い出の街も
私の記憶の中の父も、全てのみ込んで、海の彼方へ連れ去っていった。

震災から5年が経ち町は静かに日常を取り戻しているように感じる。
けれど、商店街にぽっかりとあいた空き地や山沿にある仮設住宅群を
目の当たりにすると震災は過去のものではない・・・と突き付けられる。

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水没した「石巻駅」・・・仙台と石巻をつなぐJR仙石線は2015年5月30日に開通しました。


石巻港に流れ込む旧北上川、その河口に浮かぶ中瀬には
代表作『サイボーグ009』や『仮面ライダー』などで知られる
漫画家 石ノ森章太郎氏のミュージアム「石ノ森萬画館」があります。
こちらも壊滅的な被害をうけましたが、2012年11月17日に再開しました。

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中心市街地の至る所で、石ノ森作品のキャラクターに出会うことができます!


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父の実家のそばにある築80年以上の洋風建築物「旧観慶丸商店」
津波に耐えたこの建物は、市文化財に指定されています。

港から松川横丁という細い路地を入ると父の実家があります。
私が子供の頃は、陽の射しこまない薄暗い路地で
スナックや小料理屋が肩をひしめき合うようにして軒を連ねていました。

当時のイメージを辿りながら、実家の場所を探すもなかなか見つからず・・・。
それもそのはず、震災後はとてもオシャレな通りに生まれ変わっていました!

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父の実家は創業100年の料理屋を営んでいます。

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たくさんのボランティアのかたがたの協力や多くのかたがたのご支援により
2012年7月11日に店舗再開を果たしました。

亡くなった伯父は、私の父の兄にあたり阿部家の長男として生まれ
実家を守ってきました。

東北大学の文学部を卒業して、小説家や記者を目指すも
家業を継ぐことを強いられ、それでも隠れて勉強していたそうです。
それが父親にバレると

「料理に学問など必要ない!」

と包丁のみねで殴られたエピソードを昔よく話してくれました。

伯父は野球が好きで、伯父の代になってからはお店をやりながら
石巻高校や東北大学の野球部の監督もしていたそうです。
葬儀には、たくさんの野球部のOBが訪れ、代表のかたが弔辞をされました。

その中の言葉で、科学的な観点から野球を分析した考察や優れた指導力、
そして、じっくり向き合い一人一人を大切に考えてくれたその人望について
触れていたのがとても印象的で、私が今まで全く知らなかった伯父の一面でした。


今回、悲しいお別れのために訪れた石巻でしたが、亡き父、そして
私自身のルーツをたどる旅でもありました。


迷うこと自信を失うこと・・・自分がどうしたいのかさえ分からなくなる時もあります。

でも、私には伯父と同じ血が流れている。

背中を押された気がします。


私に勇気をもたらしてくれた伯父の人生に心から敬意を込めて・・・。





















  



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Date:2016/07/12
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